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ささやき

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心穏やかに

望郷の鐘 満豪開拓団の落日

「中国残留孤児の父」と言われた山本慈昭

自らも満州で過酷な体験をしながら生涯を残留孤児

たちの肉親探しに捧げ、献身的な愛で支えた。

その山本慈昭の生涯を生い立ちからたどった感動の物語。

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この映画を見ているとき亡き両親を思い出しました。

私の両親も満州に開拓団として行って終戦間近

ソ連軍に追われ食べるものも無く母は2人の幼子をつれ

山の中をひたすら港に向かって歩いたそうです。

幼子(実兄、実姉)は栄養失調で途中で亡くなりました。

母は余り語ってくれませんでした。

戦争は軍人ばかりでなく一般市民も巻き込み得をするのは

おエライ官僚だけです。

当時の第一次、第二次戦争にどれだけ優秀な人材を失ったか

彼らが健在だったら日本はもっと先進国を代表する国になったかも・・・
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by chiyoko1021 | 2015-07-01 14:37 | Comments(4)
Commented by renchiyan2 at 2015-07-02 05:20
おはようございます
最近ほとんど残留孤児の話題聞かないような気がする
何か意図があるのかな・・・
Commented by chiyoko1021 at 2015-07-02 20:02
夢さん こんばんは
今は中国、韓国とも強制労働の件で
残留孤児のことなど忘れているのでしょう・・・
Commented by nikojisan at 2015-07-06 18:28
ワタシの亡き父も満州に派兵されたこともあるようです。
中国人を虐めることはしなかったので内地に引き上げるときには
現地の人にかくまって貰ったり、服を貰って変装したそうです!

戦地で将校は決して兵隊さんの前には立たなかったそうです!
何故って? 普段虐めている部下に
後から銃撃されるかも知れないからだそうですよ・・・・!
Commented by chiyoko1021 at 2015-07-06 19:09
るーちゃん こんばんは
お父様も苦労をなさったのですね?
大日本帝国は他国の領土を奪い取ろう
なんて・・・嫌な時代だったのですね。